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福島地方裁判所 平成5年(行ウ)6号 判決 1996年12月25日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

小野瀬有

被告

泉崎村長 海上博之

右訴訟代理人弁護士

室町正実

右訴訟復代理人弁護士

権藤龍光

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  被告が原告に対し平成五年八月一日付けでなした分限免職処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件の概要

本件は、福島県西白河郡泉崎村立病院(以下「村立病院」という)の医師として勤務していた原告が、被告から、地方公務員法二八条一項三号に該当するとして分限免職処分(以下「本件処分」という)を受けたが、右処分は、その処分理由中に事実誤認がある上、処分権限を逸脱し濫用してなされた違法があるとして、被告に対しその取消しを求め、被告は、同処分は適法であると争った事案である。

二  争いのない事実

1  被告は、村立病院を設置管理し、平成五年四月一二日、原告について地方公務員法一七条一項に基づく一般職の職員たる医師として任命し、村立病院嘱託医師勤務を命じた。

2  被告は、原告に対し、原告には上司の職務上の命令に従う義務違反(地方公務員法三二条)及び職務専念義務違反(同法三五条)があり、村立病院嘱託医師としての適格性を欠くので、同法二八条一項三号に該当するとして、平成五年八月一日付けで解雇予告を通知し、同月三一日をもって分限免職にする処分をなした。

3  原告は、福島県人事委員会に対し、平成五年九月二八日付けで審査請求をなしたが、同委員会は、同年一一月一〇日、原告は、処分当時、地方公務員法第二二条一項に規定する条件附採用期間中であり、行政不服審査法の規定は適用されず、同請求は不適法であるとの理由で同請求を却下した。

4  原告は、以下のとおり、村立病院の医師に採用されて以来、一か月あたり少なくとも八五万二〇六〇円の給与(諸手当を含む)を支給されていた。

<1> 本俸 五九万七二〇〇円

<2> 扶養手当 二万七〇〇〇円

<3> 住宅手当 二五〇〇円

<4> 研究手当 八万九五八〇円

<5> 放射線手当 八万九五八〇円

<6> 宿日直手当 四万五〇〇〇円

<7> 通勤手当 一二〇〇円

三  当事者の主張

1  原告の主張

(一) 原告は、地方公務員法一七条一項に基づいて一般職の職員たる医師として採用されたものであるが、原告の任用には期間の定めがなく、かつ条件附採用期間(地方公務員法二二条一項)の適用を受けない。

(二) 被告は、原告に地方公務員法所定の義務違反があり、職務における適格性が欠如するとの理由で本件処分をなしたものであるが、後述のとおり本件処分理由中には事実誤認がある上、本件処分は、原告に対する聴聞、弁解の機会を与えずになされたもので、被告に付与された裁量権を著しく逸脱し、あるいは濫用してなされたもので違法である。

(三) 原告は、本件処分により、平成五年九月一日から原告が村立病院に勤務を予定していた平成六年四月一一日までの間、就労の意思があるにもかかわらず勤務を継続することができず、少なくとも一か月あたり八五万二〇六〇円の給与相当額の損害を受けた。

(四) よって、原告は、本件処分の取消しを求める。

2  被告の主張

本件処分理由について事実誤認はなく、また、右理由中に示された事由は、いずれも村立病院嘱託医師としての適格性を欠くと判断されてもやむを得ない重大な事実である。したがって、本件処分は適法である。

よって、本件処分には取消しの理由はない。

3  被告主張の本件処分事由(以下各<1>)及び原告の反論(以下各<2>)

(一) 平成五年四月二〇日の職務専念義務違反

<1> 当直勤務であった原告は、関節痛を訴えて来院した患者Y1について、診察を拒否し、看護婦に電話で鎮痛解熱剤(ボルタレン)の投薬の指示をして、無診投薬を行おうとした。

<2> 右事実に記憶はない。

(二) 平成五年六月二日の職務専念義務違反

<1> 午後零時二〇分ころ胸の痛み、呼吸困難を訴えて来院した患者Oについて、看護婦が回診予定のない原告に対して診察を依頼したが、原告は昼食中であるという理由で診察を拒否した。

<2> 複数の医師のうちの誰かが昼食中であった場合において、手の空いている医師に診察の交替を依頼することは日常的なことであり、主治医制を採っていない村立病院では何ら問題はない。

(三) 平成五年六月七日の職務専念義務違反

<1> 午後零時一五分ころ腹痛・下痢を訴えて来院した患者Nに対し、昼食中であるという理由で診察を拒否した。

<2> (二)<2>と同じ

(四) 平成五年六月二三日

<1> 原告は、急性虫垂炎にて来院した患者K1に対し、手術適応があったにもかかわらず、上司の判断も仰がず投薬治療が可能であるとして入院措置をとらなかった。その後、看護婦から報告を受けた院長成澤俊雄(以下「成澤院長」ないし「院長」という)が再度診察にあたり、K2医師とともに手術を行ったが、原告は患者に無関心で手術に立ち会うこともなかった。手術の結果、患者の虫垂炎はかなり進行したもので、手術を行わなければ重篤な状態を招きかねなかったことが判明した。

<2> 原告は、患者に対し、経過観察をするべきであると判断し、投薬と指導をおこなったもので、適切な診察を行っており、診断について上司に相談する必要はない。また、手術適応について、医学的判断を異にしたとしても非難されるべき性質のものではない。

(五) 平成五年七月二日の職務専念義務違反

<1> 当直勤務であった原告は、めまいを訴えて往診を依頼した患者I1の診察を拒否したので、当直職員及び看護婦が、やむを得ずストレッチャーで、患者を病院まで運んで来て診察を受けさせた。

<2> 患者には心電図の撮影、酸素投与等院内治療が必要であったため、原告が指示して患者を運ばせ、院内で診察したもので、適切な処置であった。

(六) 平成五年七月九日の上司の職務上の命令に従う義務違反

<1> 交通事故で救急搬送された患者Y2を当直勤務であった原告が診察し、他の病院に転送する旨を決定したが、原告は、搬送を受けた病院として当然になすべき措置である患者の清拭、輸液経路の確保等を行わなかった。そのため、連絡を受けて登院した院長が原告を介助してこれらの措置を行い、原告が患者に同行して転送した。転送から戻った原告は院長に何らの報告もせず、同人が、原告に対しカルテの記載を指示したにもかかわらず、原告は記載を拒否した。

<2> 原告は、患者の気道確保よりも専門病院に早急に転送するのが適切と判断して手筈を整えたものであるが、そこに成澤院長が来て、原告を排して自ら診察を行ったのである。救急措置における判断に相異があったとしても、一方的に非難されるいわれはない。また、カルテは既に成澤院長が記載した後で補充することはなく、同人が原告に代わって処置を行った以上、原告が記載する必要がないものである。

四  争点

本件処分の正当性(処分理由の存否及び処分権限逸脱の有無)

第三争点に対する判断

一  分限事由存否の判断基準、手続の適法性について

原告が、平成五年四月一二日に、地方公務員法一七条一項に基づき一般職員たる医師として任用されたものであることは争いがなく、また、(証拠・人証略)によれば、原告が常勤の医師として任用されたことが認められる。そうすると、原告は、本件処分時において、任用から六か月を経過していなかったから、地方公務員法二二条一項所定の条件附採用期間にあったものである(この点に関する原告の主張は失当である。)。

そこで、条件附採用期間中の職員の身分保障につき考えると、条件附採用制度においては、その趣旨・目的が、適格性を欠く職員の排除を容易にし、もって、職員の採用を能力の実証に基づいて行うことにあると解されることから、正式採用の職員に対する身分保障規定の一つである職員の分限に関する規定の適用が排除されている。しかしながら、条件附採用期間中の職員といえども、選考等の過程を経て現に勤務し、給与を受領し、正式採用になることに対する期待を有しているのであるから、右期間中の分限事由の有無の判断は純然たる自由裁量ではなく、正式採用の職員に準じて検討されるべきである。したがって、分限免職処分が合理性をもつものとして許容される限度を越えた不当なものである場合には裁量権の行使を誤った違法なものになる。

まず、本件処分の手続は、処分理由として原告につき地方公務員法三二条、三五条に該当することを摘示して、同法二八条一項三号を適用することが示され、労働基準法に基づき三〇日の解雇予告をもっておこなわれており、さらに処分説明書により、原告の犯した具体的非違行為を例示して村立病院嘱託医師としての適格性を欠いていることを説明したものであるから、条件付(ママ)採用期間中の職員に対する分限処分の手続としては適正であったと認められ、原告が主張するような手続上の瑕疵はない。

そこで、以下被告の主張する本件処分理由について順次検討し、被告が本件処分をするにつき、任命権者に付与された裁量権限の範囲を逸脱した違法があるか否かにつき判断する。

二  原告本人、(証拠・人証略)によると、以下の事実が認められる。

1  村立病院の概要、原告の採用等

村立病院は、昭和五一年、医療過疎地であった村の医療を充実させようとの行政目的を達成するために、国保診療所から病院に改組して設置された病床七八床(四〇名前後の入院患者)の小規模な病院であり、村における唯一の公立病院として、地域住民の福祉に密着した業務運営をしている。同病院は、内科、外科、小児科、胃腸科、循環器科の五科を標榜しているが、実際には初期医療に重点を置き、専門、非専門を区別することなく勤務医師が各科を担当して患者を診察し、五科以外の科目で受診する患者も存在する。また、患者の大部分は村民で、高齢者が多く、勤務医師には、外来、入院患者の診察以外に往診も強く要請されているのが実状である。

原告の勤務当時の村立病院の体制をみると、常勤医師三名(院長、原告を含む)、非常勤医師二名、看護婦二七名(パートの看護婦一名を含む)であり、夜間(午後五時すぎから翌朝八時まで)は、当直医師一名、看護婦一ないし二名、事務員一名が院内に待機している。

原告の採用経緯をみるに、村立病院においては、日頃から勤務医師を確保することに努めていたところ、病院出入りの業者から原告を紹介されたため、平成五年四月一〇日、成澤院長と同事務局長緑河啓司が原告を面接し、その際に原告から、近い将来に郡山市内で開業を予定しているので、準備が整うまでの間、六か月を単位として村立病院に勤務したいとの意向を示された。成澤院長は、原告が前任及び前々任の各病院で外科部長あるいは外科科長の地位にあったにもかかわらず、病院に居づらくなったとか、院長と喧嘩別れしたなどの理由によりそれらの病院を退職したという話を聞かされて、採用に危惧の念を抱いたものの、医師の員数を確保したかったこと、原告は大学の後輩にあたり短期間の任用であると見込まれたことから、被告に対し、原告を採用して欲しい旨を進言した。そして、原告は、同月一二日、被告から村立病院嘱託医師に任命され、常勤医師として勤務を開始した。

2  本件処分理由について

(一) 平成五年四月二〇日の職務専念義務違反について

平成五年四月二〇日午後一一時三〇分ころ、患者Y1(当時四一歳)が左手首の関節痛を訴えて来院したため、看護婦のSが、当直医師であった原告に電話で診察を依頼したが、原告は、「急患以外は診ない。」「(ボルタレン)座薬でも出しておけばいい。」と言って同患者の診察を拒否し、無診投薬を行おうとした。そのため、同看護婦は、成澤院長の自宅に電話して診察を依頼し、同人がこれに応じて診察を行った。院長が問診した結果、Y1は、以前に鎮痛解熱剤(ボルタレン座薬)を使用して具合が悪くなったことがあり、同剤の処方を慎重に行うべき患者であることが判明した。

なお、原告は、当日小児の再来患者の発熱に対して座薬の投薬を指示した記憶はあるが、右認定事実には記憶がないし、如何にも不自然である旨主張するが、原告の代りに診察を行った成澤院長、Sから報告を受けたという看護婦長Hの証言、(証拠略)によれば、優に右事実を認定することができるし、また特段不自然な情況も窺われない。

(二) 平成五年六月二日の職務専念義務違反について

平成五年六月二日午後零時一〇分ころ、O(当時四四歳)が胸の痛みと呼吸困難を訴え、友人に抱えられて来院した。外来主任看護婦K3は、血圧、脈、熱を測定(バイタルチェック)し、問診を施した後、男子休憩室にいた原告に電話をかけて、患者の症状及び急患である旨を告げて診察を依頼したところ、原告は、「昼食中であるから、他の先生に診てもらえ。」と診察を拒否した。そこで、同看護婦は、三階の病棟に居り、まだ昼休みの休憩に入らず勤務についていたK2医師に連絡を取り、診察を依頼した。同医師は、三階からすぐに駆けつけて、ナースステーションにいた成澤院長と協力して同患者を診察した。診察の結果、同患者は自然気胸と診断され、入院措置となった。

(三) 平成五年六月七日の職務専念義務違反

平成五年六月七日午後零時一五分ころ、午前中に診察を受けた患者N(当時七七歳)が、腹痛、下痢を訴えてもう一度診察して欲しいと来院した。看護婦がバイタルチェック及び問診をし、他の医師より先に午前の診察を終了し、休憩に入っていた原告に電話をかけて診察を依頼した。それに対し、原告は、「自分は昼食中であり、上の先生が暇そうにしていたから。」と言って診察を拒否した。

(四) 平成五年六月二三日

平成五年六月二三日、患者K1(当時一〇歳)が微熱、腹痛、吐き気を訴えて来院し、原告が、胸部、腹部の触診をし、血液検査、レントゲン検査を行った。原告は、患者の体温三七・三度、腹部の筋性防御及びブルンベルグ反応はいずれもマイナスと認め、白血球数が一万一二〇〇であったこと等から、急性虫垂炎の疑いはあるがカタル性虫垂炎であり、直ちに手術をする必要はなく、抗生剤の投与で経過観察をするのが適当であると診断し、患者の帰宅を許可した。

その後、往診先から戻った成澤院長が、不在中の出来事について看護婦に尋ねたところ、K1に対する診察についての報告を受けた。院長は、カルテを見て、患者が発熱し、白血球が一万を超え、レントゲン写真によると小腸の末端のガスが膨れている等の所見が認められたことから急性虫垂炎の進行を心配し、入院・手術の可能性を考えてK1に連絡をとった。K1は、まだ帰宅していなかったが、看護婦が、村立病院にK1の祖母が入院していることを思い出し、その病室に見に行ってみると、K1がベッドに横になって休んでいた。そこで、院長は、K1を再度診察したところ、筋性防御反応及びブルンベルグ反応がいずれもプラスであると認め、手術適応ありという診断になったため、院長は、K1に手術を受けるように勧めた。すると、原告が、この場に顔を出し、診察台に乗っていた患者を有無を言わせずに原告の診療室に連れて行き、K1に対し、「痛くないだろう。痛くないだろう。」等と言いながら、患者の意思を無視して触診を行い、「こんなアッペは切っても切んなくても同じだよ。」と言い放って診察室を出ていった。

K1に対する手術は院長及びK2医師が実施したが、手術前のK2医師の診断によっても、筋性防御反応及びブルンベルグ反応はいずれもプラスであり、手術の結果も、K1の虫垂炎は蜂窩織炎性虫垂炎で手術適応があると認められるものであった。一方、同患者について翌日以降原告からの問い合わせ等は全くなかった。

(五) 平成五年七月三日(二日の当直)の職務専念義務違反

平成五年七月三日午前一時二〇分ころ、患者I1(当時六八歳)がめまいを訴えて往診を依頼してきた。看護婦Tが当直医師であった原告に対し、往診を依頼したが、原告は往診を拒否した。そのため、当直職員M及び同看護婦が同人らの判断で患者宅へ出向き、ストレッチャーで村立病院まで運んで、原告の診察を受けさせた。原告は、患者に対して、心電図検査等の診察及び投薬等の治療を施し、入院措置をとった。

これに対し、原告は、I1について心電図計と酸素吸入装置が必要な患者と判断し、患者の居宅が村立病院の近所であったため自分が看護婦らに指示して運ばせたものであると主張するが、成澤証言及び前記看護日誌に「往診拒否」と記載されていることに照らし、原告からの指示があったとは認められない。

(六) 平成五年七月九日の上司の職務上の命令に従う義務違反

平成五年七月九日午後七時二〇分ころ、交通事故で受傷したY2(当時一七歳)が救急搬送されて来た。当直勤務であった原告は、診察の結果、脳外科のある他の病院に転送するのが相当と判断し、その旨決定し、看護婦に転送の手筈を指示した。一五分程して、事務員から報告を受けた成澤院長が、介助のため自発的に登院したところ、気道確保、輸液経路の確保は未だなされていなかった。原告は、院長に対して、気管内挿管を試みたが困難であったと報告をしたが、同院長は、気管内挿管、中心静脈からの輸液経路確保の処置を自ら施し、さらに看護婦に指示して患者の清拭を行った。院長は、同患者及びその親と面識があったため、内心では、同患者を転送せずに村立病院で治療したい意向であったが、原告が主治医であり、主治医の治療方針の決定に従うとの考えから、白河病院へ転送する措置には反対しなかった。そして、転送には原告と看護婦I2が同行した。原告が同行している間に、院長は、原告に対する好意のつもりでカルテの一部を記載し、三、四〇分後に転送から戻った原告に対し、看護婦を通じて残部の記載を依頼した。しかし、これに対して、原告は記載を拒否し、改めて院長から直接の指示があったのにもかかわらず、原告は、重ねて記載することを拒否した。その後、院長は、白河病院に連絡をとり、Y2が転送二時間後に死亡したことを知った。

この点について、原告は、同患者の救急措置は院長が原告に代って行なったものである上、カルテの相当部分は既に院長が記載しており原告がさらに記載することはなかったことからその旨を看護婦に伝えたところ、院長及び事務局長が医局にいた原告に対し、罵声を浴びせ、威嚇的な態度や原告の肩を叩くなどして記載を強要したものであり、院長がY2の死亡の責任を原告に転嫁しようとしたものである旨主張する。しかしながら、(証拠略)によれば、原告と院長との間に押し問答があったことが認められるものの、院長がカルテ記載を命じた際にY2の死亡を知らなかったと認められること等に照らすと、原告の主張を採用することはできない。また、当初院長が記載したカルテの内容には、原告が転送の判断をした根拠となるべき事実等の原告が記載するべき事項と思われる記載が欠落しており、カルテが完成されたものであったという原告の主張は採用できない。

三  本件処分の当否

1  前示二の認定事実から、本件処分の合理性を判断する。

地方公務員法二八条一項三号に定める「その職に必要な適格性を欠く場合」とは、当該職員の簡単に矯正することができない持続性を有する素質、能力、性格等に基因してその職務の円滑な遂行に支障があり、又は支障を生じる高度の蓋然性が認められる場合をいい、その判断に当たっては、特に当該職務の種類、内容、目的等との関連を重視すべきものと解されるから、本件処分の合理性もこれに準じて検討する。

2  まず、前示二2(一)(五)の事実は、医師法一九条一項に違反する重大な非違行為であり、且つ夜間診療を担当する当直医師の基本的な職務を怠るものであって、職務専念義務違反に該当する。しかも、(一)の事実においては、原告は無診投薬を行おうとしたもので、その行為は同法二〇条違反に該当することからすれば、医師たる者の姿勢、倫理に疑問を呈せざるを得ない事実と評価できる。そして、村立病院の目的及び地域医療において果たすべき役割の重要性、右のような村立病院から診察を拒否された村民が抱く不安感や同院に対する不信感、患者と医師との間で板挟みになった看護婦らの困惑等を考えれば、右原告の義務違反は村立病院嘱託医師としての適格性を疑わせる重要な事実といわざるを得ない。現実に、看護婦らの間で、夜間における原告の診察拒否が問題とされるに至っており、仮に患者の容態が救急措置を必要としない場合であったとしても診察もせずに、急患以外は診ないとした原告の態度が正当化されることはない。

なお、これと共通する事情として、平成五年六月四日にも原告が診察拒否した事実がある。これは、被告から処分理由として主張されてはおらないのであるが、原告における前示非違行為の存在を裏付け、その情状の評価を補充するものである。前掲各証拠によると、平成五年六月四日午後一〇時二〇分ころ、生後一一か月の患者Fの母親から、「日中に診察を受けたが、夜になって再び三八・九度の発熱があり、呼吸が荒いので診察してほしい。」との電話があり、看護婦Sが来院するよう応答し、当直医師の原告に診察を依頼すると、「夜に子供を連れて来るのは具合が悪くなるのでよくない。」と言って同患者の診察を拒否し、約一〇分後に母親が患者を病院まで実際に連れてきたので、看護婦が体温を測定すると三八・三度であったため、再度原告に診察を依頼したが、結局原告に診察してもらうことはできず、患者に帰宅してもらった事実のあったことが認められる。これについて、原告は、右事実は処分理由書(<証拠略>)には掲げられておらなかったし、後日看護日誌に書き加えた虚偽の事実である旨主張する。しかしながら、看護婦長Hが右事実の報告を受けており、看護日誌(<証拠略>)の同日分記載欄には明確に右事実が記載されていること、その記載は他の部分と異なるボールペンで記載されたものと見られるが、記載者が患者の外来の都度記載したとすれば、そのような相違は通常あり得ることで不合理ではないから、原告の主張は採用できない。

次に、前示二2(二)(三)の事実を見るに、これらの事実は昼休みに診察を依頼された原告が、昼食中であることを理由に診察を拒否したというものであり、確かに、他に手が空いている医師がいれば、診察を交替する等、医師間で融通し合うことは十分あり得ることであり、そのこと自体に問題があるとは思われない。しかしながら、本件右各事実にあっては、いずれの場合にも、原告の代りに診察にあたったK2医師は、午前中の勤務を終わっていなかったものであって、他に手が空いている医師がいたとは認められないから、右事例は原告が主張する場合に当てはまらないというべきで、むしろ、原告が診察を引き受けるのが妥当といえる場合である。してみると、原告の右態度は、村立病院の医師としての熱意、責任感に欠けるとともに小規模な病院における医師相互間、看護婦らとの間の信頼関係に悪影響を与えるものであり、原告の職務が、他の医師、看護婦らとの連携を不可欠としていることに照らせば、右事実は村立病院における医療業務の円滑な遂行を妨げるものと評価せざるを得ない。

また、前示二2(四)の事実については、いやしくも人の生命に関わる職務に就く医師としては、他の医師との間で診断や治療方針に相違が生じた場合には、患者にとって最善の措置を選択するため、相互に検討し合い、判断を行うよう努めるべきであるところ、原告は、右のような努力を全くなさなかったばかりか、前記のとおり、まだ幼い患者に強引に再診察を行った上、患者の面前で放言したものであって、このことは、自説に固執するの余り患者に対するいたわりの気持ちをおろそかにし、医師として非常識、無責任な行為であると評価されてもやむを得ない事実である。しかも、院長及びK2医師がいずれも手術前の診断で筋性防御反応及びブルンベルグ反応がプラスであると判断し、また手術後摘出標本を観察した結果から、患者の急性虫垂炎は蜂窩織炎性虫垂炎で手術適応のある患者であったと診断していることに照らして考えると、原告の診断に誤りがなかったかどうか、大いに疑問のあるところである。

なお、原告が上司の判断を仰がずに患者を帰宅させたことについては、原告に独立の診断権限があり、特異な患者とはいえない場合である以上、特段に問題視すべき行為とはいえない。

最後に、前示二2(六)の事実を考えるに、当直医師である原告が自ら救急の患者の転送を決定し、応急措置を試みていた点が、不適切であったといえないことは、成澤院長も認めるところである。しかしながら、原告は、当初単独で救急措置を施しており、院長が登院するまでの間に原告の施した処置内容、容体の評価、転送を決めた理由等の事項については、原告がカルテに記載することが相当であり、院長から再三にわたりカルテ記載を命ぜられたにもかかわらず、それを頑なに拒否したことは、上司の職務上の命令に従う義務に違反するものであるし、さらにカルテの記載を不十分なままに済ませようとする態度は医師としての責任感に欠ける行為であるといわざるを得ない。

3  以上検討してきたところを総合判断すると、原告には、前示各義務違反がある上、医療過疎地に設立され、村民に対する医療サービスの中核となっている村立病院の医師としての自覚と責任感が不足し、患者に対する思いやりや院長、同僚及びその他の職員らとの協調性に欠けるところがあり、その執務態度、奉仕性、人格において、原告は、職務に必要な適格性を欠いていたものと認めることができる。しかも、原告が、以前勤務していた二つの病院を退職した前示経緯、勤務開始後短期間に問題行動が多発していること、本件処分に至った経緯等に鑑みると、原告の執務態度や人格は容易に矯正することができないものであると認められる。したがって、本件処分において、その理由中に掲げられた前示認定の事実は、地方公務員法二八条一項三号所定の分限事由に該当し、同処分には合理性があるから、被告に付与された裁量権を逸脱した違法なものであるとはいえない。

四  結論

以上より、本件分限免職処分は適法であり、原告の分限免職処分取消請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木原幹郎 裁判官 林美穂 裁判官 野口佳子)

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